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2019年1月14日 (月)

親父のはなし③

さてさて続きです。

親父殿はそんなこんなで言ってみればよそ者。前回書いたように疎開組であるわけです。親父殿の親父殿、僕からしたらお祖父ちゃんが荒川で生まれてるので全くのよそ者ってわけではないんですが。

その第二弾です。

よそ者、出戻り(?)がそこで仕事をして地域の活動をがむしゃらにやっていたので今があると思うとそうですが、そこになるまでにこれは僕の記憶の中でも鮮明に脳裏に焼き付いてることが。これを生きながらえたので今日があると言っても過言ではない事故がありました。

僕が幼稚園か小学校1年生の頃だったでしょうか。区内を流れる稲葉川のそばに消防のホースを干す鉄塔を建てるために当時副分団長を任されていた親父殿はその作業に。何がどうなったのか、作業中に鉄塔と共に3mほど下の川の中に落ち大ケガ。肋骨が何本もいかれて内臓も、、、という大事故に。当時を知る人は「よ~生きとったわ」「良くなってくれて本当によかったわ」と口々に。

僕の記憶にあるのは日高病院の病棟で点滴と酸素マスクをつけて苦しんでいた親父殿のすがた。母上がそばで。。。おそらくは相当な危機だったのかも。多分そこで何かあったとしたら今の僕はここにはいないのかもしれません、今思えば。

親父殿がいくつの頃だったか定かではありませんが、僕が幼稚園か1年生ということを推測するに僕と30ちがうので35~6かな。

ここで一句

みなさんの おかげでここまで やってます

そんな親父殿の口癖「死んだ目に・・・」そうは言いながらも今日まで生かしていただいて、さらに喜寿までも迎えることができまして。本当にみなさんのお陰お陰です。親父殿は疎開組なのでさらにみなさんのお陰お陰ということを思うんでしょうね。それは僕や兄2人、そして息子にも脈々と受け継がれていることだと。周りのみなさんに地域のみなさんに感謝感謝ですね。

3喜寿記念に。

これにて親父殿講終了

まぁこれからも

そこそこに

健康でいてください(笑)

そこそこで(笑)×2

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