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2009年6月23日 (火)

粋な楽器と風流な人~高杉晋作と三味線~

昨日僕のブログの愛読者である福岡の友達、ヒデから連絡がありいろいろ話題は尽きないようだが楽器とかについて書いてくれ!とリクエスト。「楽器」?ですか。昔バンドをしていたのでそっち方面か?と思ったら、歴史に絡めてと追加注文。ふ~んgawkほにほに。まいったぞこりゃ。パッと思い浮かぶのでは「琵琶法師」とか「出雲阿国」くらいかいなぁ~。両方そんなに詳しくはないぞ、と思い悩んだが、そうだ!わが崇拝する高杉晋作が戦場にまで持っていくくらい三味線好きだったのだ!と思い出した。

そうなんです。高杉晋作公は三味線好き、歌好きで有名だったらしいです。風流をこよなく愛し常に三味線を持ち歩き弾いていたとのこと。有名な都々逸「三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい」は晋作公の作品といわれています。お~い竜馬の一説を引用すると、「いろんな人間が僕の都々逸を歌うが本当にわかっているのは坂本君(竜馬)くらいなものだ!」とか芸術について論評しています。ある人物評に「最期まで賑やかに風流を愛した遊び人」とあったり、ある書籍では坂本竜馬が「世が世なら粋な芸術家にでもなっていたはず」と言わしめるくらいであったといいます。僕も常に風流でありたい、そう思います。

高杉晋作は結核を患い28歳でこの世を去りますが、このようなエピソードがあります。あるとき、桂小五郎、坂本竜馬他数名で集まり話をしているとき坂本竜馬がある冗談を言った。その時桂小五郎以外は大笑いしたが、桂小五郎は「なにがそんなにおかしい!」とその場を立ち去ったらしい。そのとき晋作は「どうも、桂さんはお固く面白みというものを理解されていないようだ。僕は明日死ぬとわかっていても些細なことでも大笑いしていたいな」と言ったといいます。自分の死期が近づいていたことを解っていてか、そうじゃないにしてもここまでいえる風流な遊び人は他にはいないように思います。本当にいろんな意味で崇拝します。死の直前には朦朧とした中で「芸者を呼べ、陽気にやれ」と求めたり、「死後は墓前に芸奴を集めて三味線を鳴らしてほしい」と遺言したともいわれ、本当の意味での風流を愛した人物だったんだなぁ~と。

ここで一句pen

短き生 駆けて逝った 風雲児

ヒデちゃん?どうでしたか?なかなか風流な人でしょ。こうありたいですね、お互いに。

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コメント

内容が難しいので今日はノーコメントでpig
ヒデさん宜しくお願いしますcoldsweats01

現代版尾崎豊ってちょっと違いますよね
でも若くして亡くなって、その分カリスマ性も
強くなると思いますがいろんな、エピソードを聞くと
ほんとに惜しい人をと思う反面、竜馬・高杉とも維新以降
にいないほうがよかった?いろいろ思います。

奇しくも今日は同じ晋作テーマでしたね。
革命児・政治家・軍事戦略家と呼ばれる高杉ですが、哲学・芸術ほか何でも秀でているところがありますね。
19歳で松下村塾に入り、学んだのはわずか1年ほどでしかありません。
激動する時代とその流れに乗ったとはいえ、その感性たるや恐るべしですね。

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